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週刊アサヒゴルフ 90年2月27日号
トーナメント・プロデューサーから
<自然と人間>のプロデューサーへ
【A・マッケンジーは優秀な風景画家】
数年前、オーストラリアを訪れて、その時いくつかのゴルフ場を見てまわった。いずれもアリスター・マッケンジー作によるコースだった。ロイヤル・メルボルン、キングストン・ヒース、ビクトリア……そして最後に訪ねたのが、シドニーにあるニューサウスウェルズGCだった。
そこは、18世紀にキャプテン・クックが英国から渡ってきた上陸地点とほぼ同じ場所にあった。マッケンジーは、1928年にこのコースを完成させている。
スコットランドの名設計家、ハリー・コルトから受け継がれた思想と、彼の感性によって磨きかけられたコースデザインの素晴らしさは、今更いうまでもない。
米国のパサテンポを始め、サイプレスポイント、オーガスタナショナルと、彼の作品は完成度がもっとも高く、高い評価を得ているコースがふんだんにある。
何よりも景観の素晴らしさと難度がうまく溶けあって、ひとたびそのコースに佇むと、自然の森羅万象のかすかな呼吸すら伝わってくるような気がするのである。
サイプレスポイントとほぼ同時期に完成したニューサウスウェルズGCの6番ホール(パー3、荒削りな岸壁から海越えで打つ)に立って、ふと気づいたことがある。
マッケンジーは、すこぶる優秀な風景画家ではなかったか、と。何故なら、コースを見るほどに、まったく不自然さがなく、むしろ彼が絵筆を持ってここで風景画を描いている間に、気がついたらコースがすっぽりと溶け込んで描かれていったという錯覚ににすら陥るほどだったからである。
でもマッケンジーは画家でなく、ケンブリッジ大で医学、医学の学位を得たドクターなのである。
その取材の折、ピーター・トムソンから、一冊の本を頂いた。マッケンジー著の『ゴルフ・アーキテクチャー』である。ゴルフコース設計のバイブルといっていい。
トムソンもまたマッケンジーの設計思想に大いに影響を受けた一人で、彼自身、いくつもコースを設計し、またマッケンジー作のコース改造では、ピカ一の人物である。
その本の中に、設計の基本要点13カ条とうのがあって、その7番目に、コース周辺の景観を美しく、人口的造形が自然そのものと区別できないようにする――とある。
【コースはゴルファーの先生であり名コースが名ゴルファーを育てる】
大西久光氏(以下敬称略)が、兵庫県氷上郡に設計した「ザ・サイプレス」は、まさにマッケンジーのその思想を忠実に守り、造り上げたコースではないかと思う。
それほど美しい景観なのだ。
「初めて地形を見たときに身震いしました」
と大西は、いう。
「この自然をどう活かすかというのが最大のテーマだと思いました。おそらくこれだけコースに適した地形と環境は、もう日本にはないのではないかと思ったほどです。高い木は30メートルほどあって、杉本、桧、欅、椎の木とあって、ほとんどフラットな地形は、まるでゴルフコースになるのを待っていたという気がしましたね」
大西久光――昭和12年生まれ。
いうまでもないが、日本のプロトーナメントをここまで活性化させた張本人である。関西学院ゴルフ部から、昭和34年に日本ダンロップへ入社。以来ゴルフビジネスを続けているわけだが、この人の現在の肩書きや仕事内容をひとつひとつ挙げてしまうと、とんでもないことになる。書き切れないほどだ。
マルチタレント。
つまり浮ついた意味でなくタレンテッドな人物であって、ゴルフの底辺という横幅と、深さという縦軸をしっかりと持ち合わせている人である。
従って、コース設計するという作業も、彼の経験と実績、知識、見識、造詣の深さを考えれば、すべてがリエゾン(繋がる)することは当然で、むしろ満を持しての「設計」だったといえる。
もちろん、これまでにも設計に少なからず関係していたことは、いうまでもない。
「ピーター・トムソンの影響が、まず最初ですね。彼が設計するコースを一緒に見に行ったりしていた頃から始まって、次に、モントゴメリー(米国のトーナメント・プロデューサーの第一人者)で、彼は、コースをよりベターに(トーナメント用にも)仕上げる才能にも優れていましたからね。ダンロップフェニックスのコースがそれです。もちろんニクラスとも契約して、スタッフを米国に連れていって設計の勉強もさせました」
G・マーシュとも組んだことがある。
ほかに福島県のグリーンアカデミーでは、カール・リットンと組んだ。監修の仕事は、これまでにかなりあった。
「いまの日本のゴルフ事情というのは、底辺はかなり広がったと思います。それは大変素晴らしいことなんですけど、その広がりすぎた底辺から成る三角形の高さを見ると、バランスが悪い。つまり、底辺がオーバーヒート気味になっていて、ほどよい高さになっていないんです。たとえば、トーナメントを見ても、賞金と質、社会とのバランスが少し崩れてきていますし、もっとゴルフ文化という側面を考えて、つまり高さに気を配っていかないと、ますますいびつな三角形になってしまうと思うんです」
コース設計。
つまり、日本という狭い土地の中でコースを造るには、限りがある。ならばもっと質の高いコースを厳選して造らなければならないと訴えているような気がしてならなかった。
何故なら《コースは、先生である》というのが彼の哲学なのだ。昔から、名コースが名プレーヤーを育てると、いわれ続けてきた。その言葉の意味を、いままさに日本のゴルフ場が真剣に考えなければならない時期にきている、というのである。
【コース造りは1000ピースもあるジグゾーパズルを埋め込む作業に似ている】
初めて土地を見たときの身震いや怖いという大西久光の感覚は、そういう「先生」をつくる、いやもっとも優秀な先生(コース)をつくることができる場所だと感じたことからくる。「自然と人間」。これがコース造りの第一のテーマになった。
「ですから、いちばん頭を悩ませたのは、いかに自然を壊さず、いいコースが造れるかということでした。よく自然に勝る戦略性はないといわれますが、まったくその通りで、人間の知恵なんていうものは、自然の前では、しょせん浅知恵にすぎません。ですから、いいコースですねと誉めてもらうよりも、自然できれいですねといわれたいですね」
コース全体、あるいは各ホールとのバランス。
戦略性、スコアリング・レジスタンス、審美性……設計家にとって、あらゆる要素を、いかにうまく「すり合わせる」か、これがもっとも難しい作業だと思う。
たとえば、こう思ってもらいたい。
1000ピースもあるジグゾーパズル。
そこに絵や写真が刷り込まれていれば、まだ何とかうまく埋め込むことができる。設計家というのは、絵も描きながら、1000ピースのかたちもつくりながら、しかも埋め込み作業をする。気の遠くなる作業だと。
特に「すり合わせ」が肝心で、手腕は、その部分で大いに発揮されなければならない。
そう考えていくと、大西久光という人物ほど、コース設計家として適任ではないかと思えてきたのである。
「いや、私は、設計家としてはまだまだ勉強不足ですよ。ただ、観る力はついてきていると思うんです。むしろ、プロデューサーの役割だと思います」
各ホールの出来栄えは、いうまでもない。
できれば、ひとつひとつホールについて、グリーンについて書いていきたいのだけれど残念である。
ただいえることは、このコースにやってきたひとりのアマチュアゴルファーが、良き師を得たと思うことは確かである。自然の安堵感とそこに配されたコースの風味を満喫できるだろうし、また、プロのトーナメントが開かれれば「ザ・サイプレス」の森に、いくつもの歓声と感動が生まれることも確かであろう。
「それもこれも素晴らしい土地の素材を運良く私に与えてくれたからだと思うんです」
満を持した設計。
大西久光にとっても、この土地にとっても、それはいえる。だから彼は「たまたま私と巡り会わせてくれた土地と、その提供者に対する感謝でいっぱいだ」と最後に言った。
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