中部銀次郎

遠く離れた国のアマチュア

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ちょうど昨年の今頃だった。私は、中日クラウンズに出場して、ビニー・ジャイルスというアメリカのアマチュア・ゴルファーと出逢った。彼のことは、以前にちょっと書いたが、私は、彼と出逢って、何か自分をそのまま鏡に映しているような気がした。

勿論、言葉も違えば、風体もまったく違う。ゴルフのスウィングも違う。では何が、私だったのだろう。それは、ゴルフに対する考え方であった。練習日のことだったか、彼のプレーを、何となく数回、見かけたのである。

私には、もう、それだけで良かった。話が、以前と重複するのだが、その晩に本誌の企画で対談があった。彼と私である。そして、食事をとってから、話に入った。だが、困ったのは、この企画を考えた担当記者であった。

『この対談、記事にならないよ』

別に、私は意地悪く、そう言ったのではない。私も、そしてビニー・ジャイルスも同じ気持ちであったに違いない。記者が、あっけにとられたのも、無理はない。つまりこういうことなのだ。よく言われることだが、ゴルフは性格を出すということだ。つまり、例えば、ジャック・ニクラウスとアーノルド・パーマー。あるいは、ドン・ジャニュアリやベン・ホーガン、ジョニー・ミラーやレイ・フロイドなど。大別するとふたつに分けられる。一方は、計算してコンピューターのようなプレーをする。性格もプレイボーイ的ではない。他方は、どちらかというと感覚派。プレイボーイ的。

ビニー・ジャイルスの場合、そんな大別のしかたに加えて、同じアマチュアであり、アマチュアとして今もずっとプレーを続けている。そして、マスターズをはじめ全米オープンの両ベスト・アマ、全米アマ、全英アマなどのタイトル獲った人である。

私が、似ていると思ったのは、そんな過去の戦いぶり、攻め方、考え方。そしてあるゴールを通り過ぎたあとの現在。アマチュアとしてのゴルフの認識などである。ジャイルスは「今は、ゴルフをすることについて、非常に楽しくて……ゴルフをエンジョイしている」と言っていた。これも同感だったし、よく気持ちがわかった。

さて、対談は、どうなったか。正確に言えば、それは“対談”でなく、自分自身への、何と言うか確認というか、何か確かめ合った感じで終わってしまった。彼も私も、プロへ転向するということについては、同じように悩んだし、同じようにプロ転向はしなかった。ゴルフの本質について。これも同じようだった。

そして、アマチュアの立場から、アマチュアとしてどうあればいいかという考えも同じであった。

よく聞かれることだが「中部さん、引退したんですか」とか「中部さん、引退しないんですか」という質問。私が、過去に多くのアマチュアの試合に出場していたときも、また、今でもそういったたぐいの質問を受ける。

そんなとき、私はいつも、こう言うのである。

「アマチュアに引退という言葉が、あるんですか」と。私は、アマチュアには、“引退”という言葉はないと思う。何故なら、自分の置かれている状況で試合に出れるなら出ればいいし、そうでないなら出なければいい。何年経っても、何歳になっても、そうなのである。

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ジャイルスの話の中にも、同じようなことがあった。それは、さきほどの話の続きになるのだが「私は、数々のメジャー・タイトルを獲るために、努力をした。全米アマやマスターズなどのベスト・アマ。そして、私にとって最後に残されたのは、全英アマのタイトルだった。それを昨年(74年)にとった。ゴールは、終わった。だからと言って“引退”なんてことはないんだ。私はゴルフが好きだし、参加することでいいと思う。ゴルフを試合の中でエンジョイできれば、こんなに素晴らしいことは、ないじゃないか。勝てれば、もっと嬉しいしね。ゴルフが好きなんだよ。それに、アマチュアだからそれでいいと思う。勝つためだけの参加だけじゃなく、エンジョイするための参加もある」

ゴルフというのは、何年経っても、何歳になってもプレーできる。そして、その年令に応じて、ゴルフの考え方も違うだろうし、技術も違う。精神的にも全く違ってくるだろう。しかし、それはそれで大いに意味深いものだし、味い方が違ければ、それだけ苦労もあり、悩み、楽しめるのではないだろうか。

試合の出場にしてもそうである。だからこそ、私は、アマチュアには“引退”という言葉がないと言うのである。

私は、昨年の4月の末、アメリカのビニー・ジャイルスに出逢って、本当に心が洗われた気持ちだった。時には、挫折しかかって、時には不満を抱き、一喜一憂して来た私のゴルフ人生の中で、遠く離れたアメリカに、同じように悩み、挫折しかかり、そして大きなタイトルを取り終えたアマチュアがいたということ、私は、私なりに歩んで来て、良かったと思う。

アマチュア精神。ゴルフというゲームを通じて、そのアマチュア精神というものが何であるか。それも知り得た。そして、現在のアマチュアの中に、私は、そんな、本当の意味でのアマチュア精神というものをもってもらいたいのである。

ただ強くあればいい。もし、ゴルフというゲームが、それだけのものだったのなら、私は、とっくにゴルフを捨てていたことであろう。

ゴルフは、人間がやっているゲームなのである。機械がやっているのではない。

勝てばいい。それだけでもない。ゴルフは、人間が悩み、苦しみ、自分の限界までの挑戦。精神的にはどうか。技術は、強くなりたい、勝ちたい……。いろいろな気持ちが自分の中に入り混って、葛藤を繰り返し、果たして自分は、何であったのか。

勝ちたい、強くなりたい――そんな目先きの気持が通り過ぎてしまったあと、一体ゴルフを通して、何を得たのだろうか。それが問題なのではないだろうか。アマチュア精神については、また別に書くつもりだが、ちょうど一年前に出逢ったビニー・ジャイルスを想い出して……