中部銀次郎

目に入るものに“挑戦”するな

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(1)

よく聞く言葉に、こんなのがある。コンペで優勝したスピーチや、クラブハウスで――、

「いや、今日は、パートナーに恵まれまして……」

これほどおかしい言葉は、ない。確かに、ひとつの麗句になっていて、それはそれでいいのかも知れないけれど、イヤミでも何でもなく、では、パートナーに恵まれなかったら、ひどいスコアになってしまうのだろうか。いや、よくあるんですね。こういうことが「今日は、イヤな相手と一緒だから…」何でも、言い訳けをしたがる気持ちもわかるし、実際、イヤな(苦手)相手もいるでしょう。

しかし、ここでひとつ言いたいのは、“ゴルフは1人で回っているのではないんだ”ということである。

この意識は、パートナーの問題だけではない。すべてにおいて、何か特別なものに仕立てないといられない人が多いようだ。そして、それは正常な状態でゴルフをすることが下手だということも言えるのだ。

ティ・グラウンドに4人が、それぞれティ・ショットをはじめた。自分は、最後である。前の3人がナイス・ショットをした。もう、自分でなくなってしまうのだ。自分もいいショットをしなければいけない……ミスしたら……。

また、飛ばし屋がひとり加わっているなら、自分が、どうもがいてもその人のところまで届かないのに、よし、一発打ってやろうとか……。逆に、自分より飛ばない人がいても、ホール・アウトしたら同じスコアか自分よりいいスコアだったりして……。こんな例なら、まだまだ浮かんでくるはずだ。同じようなバンカー・ショット。相手はナイス・アウト。さて自分の番に来ると、ミスしやすい。トラブル然り。何でもそうである。

つい、自分を忘れてしまう。これで失敗する例というのは、たくさんある。一緒に回っていて、その自分の目から入って来るものが強過ぎて、負けてしまうのだ。そんなことはないなんて、絶対に言えないでしょう。つまり、そこでは正常な状態でゴルフをすることができなくなってしまうのである。

これが、難しい。

どうしても“挑戦”してしまうのである。すぐ目の前に見える敵に対して――。イヤなパートナーだ。と思った瞬間から自分でなくなってしまう。それで負け。そんなものには、絶対挑戦してはいけないのである。挑戦できるだけの精神的余裕もなければ、技量もないと思わなくてはいけない。あいつができるんだから、俺だって――。でも、あいつと俺とは、しょせん違うのだから。

常に、自分のゴルフのできる人。

これほど理想に近く、しかも望まなければいけないことで、また、いちばん難しいことはないのだ。まず、コンセントレーションという言葉は、まさに、このことのためにあるようだ。それを忘れてしまって、目に入るものすべてに影響されてしまう。これだけでも、スコアはどんと違って来るはずである。

(2)

このことを助長させるひとつに、誰もが数少ない実績にどうしても頼ってしまう。で、過信する。だから、たった1回のミスでも、その後大崩れしてしまうのである。一瞬のうちに崩れてしまうことは、よくあるであろう。これは、理想と現実とを見極められないということにも言える。1回のナイス・ショットが18ホール中全ショットにわたって通じる。これは、理想である。現実は、ほんのわずかな回数のナイス・ショットがあればいいほうである。でも、本人は、そうは思わない。「おかしいな。こんなはずじゃないのに」こんなはずじゃないのは、ミス・ショットでなく、ナイス・ショットのほう? 現実と理想が余りにもかけ離れているのは、最悪である。誰もが、理想に近いものを求めようと努力するのは、必要だが、ときとして平気でスライドさせてしまう。はき違えてのミスも、かなり多い。

ゴルフというのは、自分の中から、精神的にも肉体的にも体得して行かなければならない。がしかし、逆に、外から入って来るもの、目から入って来るものから学びとらなければいけないものも、かなりある。

だからこそ、目から入って来るものが大きな問題なのである。どの程度、そういったものに対して、選択できるかである。何でもかんでも……ではダメなのである。その選択いかんによって、大きなさまたげにもなり、最高のアドバイスにもなりうるのである。

話を前に戻すが「パートナーが悪いから、嫌いだから」スコアがメロメロになったではなく、逆に、このときこそ、嫌な相手と回っても、スコアを崩さずに自分のゴルフができるようにという絶好のチャンスと思わなければならない。そういう相手と一緒にプレーし、しかも自分のゴルフができて、優勝できたならば、違った意味で「いいパートナーに恵まれまして」というあいさつも、いいかも知れない。自分を、できるだけノーマルな状態に置いてプレーすること。これを考えて一度ラウンドして欲しい。きっと今まで気がつかなかったゴルフィングが何かわかるかも知れない。

私のこの特別寄稿の中で、いちばんいいたいのは、通りいっぺんの技術論ではない。言いたくないのではない。しかし、技術は人によっても全く違ってくるだろうし、説明しきれない部分が余りにも多い。しかも、技術を語る前に、いつも言うように、もっと考えなければならないものが余りにも多過ぎるのである。ところが、多すぎるほどある部分(特に精神面のことだが)というのは、さほど語られていないし、意外にも見すごしていることが多い。この項の読者のみなさんの中で、質問があれば、私が答えられる限り答えるつもりです。

ゴルフの中で、そのほとんどが精神面に加わってくるというのは、何も大試合だけの中で使われる言葉ではありません。ビギナーは、ビギナーとして、その人の力に関係なく、精神面の考え方というのは、大きく左右される。私は下手だから、私は、まだ技術がちゃんとしていないから……。それは言いわけでしかない。下手だから考えなければならないのである。