中部銀次郎

まだ挫折感があるうちは……

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(1)

ゴルフは、人生である。と言った人がいる。そして、戦いは、ドラマである、とも。それは、いろいろな意味があると思う。ゴルフは、虚栄心とエゴ、挫折、そして妥協との戦いでもあるからだ。

すぐに妥協してしまえば、それ以上決して上達することはない。プレーをしていて虚栄が働いたら、それはかなりの危険性を秘めたものになるだろう。挫折して、そのまま放置しておいたら、そこでゴールは終わってしまう。だが、必然的にとも言えるぐらい、挫折はすぐに自分の中にやって来るのだ。

言ってみれば、私の中にも、ゴルフをしていて挫折の繰り返しでもあった。挫折しては悩み、苦しみ、逃げ出したいような気持ちになって、何かをやっとつかんで、また歩き始める。そんなことばかりだったといってもいい。

「もうこれ以上は、ダメなのだろうか。ひょっとすると、これ以上うまくならないのか。いや、ひょっとするとゴルフなんてやめたほうがいいのでは……」

小学校の頃だったと思う。

ちょうど、ダイナマイト(サンド・ウェッジ)が日本に出現するようになった頃である。それまで、私は、バンカー・ショットでは、9番アイアンを使っていた。もっとも私ばかりでなく、ダイナマイトがなかったのだから、みんなそうであったのだが…。兄たちが、最初ダイナマイトを使っていた。そして私も使うようになった。ところが、それで打ってもバンカーからボールが全然出ない。兄のしているように少しソールを削っても出ない。とにかく、全くダメなのである。

ゴルフ場に行っても、バンカー・ショットしか練習しないという日々が、続いた。毎日毎日、砂の中に入って、ただただバンカーの練習だけした。それでも出ない。完全に自信喪失していた。もうこれで僕のゴルフも終わりだ。そう思い込んでしまった。

ところが、ある日。何かの拍子で、ポン、ポンと出るようになった。そうなると不思議なもので、バンカーに入っても“出ない”という気持ちが、自分の意識の中から、全くなくなってしまったのである。果てには、バンカーに入ったら、ホール・アウトまで“2”ひょっとしたら“1”(ダイレクト・イン)であがれるという自信にまで行ったのだった。実際、そうであった。

今でも、どうして急に出るようになったか、その理由は釈然としない。ただ言えるのは、余程ひどい打ち方をしていない限りは、バンカー・ショットにおいては、かなり“自信”というのが左右するのではないかと思うことだ。

「ひょっとしたら出ないのでは……」とか一抹の不安を持ってバンカーに入るのと、「バンカーに入ったら、1か2であがれる」という気持ちの差というのは、かなり大きな差があろう。

自信がついたから技術もついたのか、技術がついたから自信がついたのかということに関して言えば、タマゴかニワトリかの回答と同じになってしまう。

私の、バンカー恐怖症?というか、第一の挫折は、こうして切り抜けた。

(2)

技術的な面で、数多くの挫折と開眼のようなものは、いろいろあったが、挫折、開眼といった大げさなものには、あまりならずに、練習過程のワン・ステップといったようなものだった。

大きな意味で、第二の挫折がやってきたのは、大学に入ってからだった。大学に入って、試合に出るようになって、勝てない時期にあった。とにかく勝てなかった。それに負けるクセがつくと、なかなか勝てるものも勝てなくなって来る。勿論、技術的なこともあったかも知れない。私は、パッティングがへただった。これは、自分自身の中の、精神的な気の弱さが大きく左右するものでもある。

負けグセから、勝つ方向にもって行くこと、自分の気の弱さを押し殺すこと。このことは、陽と陰、陰を陽に変えるぐらいの難問中の難問である。

試合に出ても、メダリストは取れても勝てない。外から来るアドバイスも大いに役立った。前にも述べた通りである。さて、この挫折感に私自身からの変化はどうだったのだろうか――。

大義名分として、アマチュアは参加することに意義がある。とよく言われる。私も、そうだと思う。しかし、参加するからには、勝ちたいと思うことも真実であるのだ。

その当時、私は月に3万円の小遣いをもらっていた。これでゴルフの試合の出場とか練習その他を全部まかなっていたのである。ところが、試合数(出場できる数)が増えるにつれ、3万円ではとうていまかなえないので、8万円にあがった。現在では、8万円というと1試合ホテル代など含めて果たしてやって行けるか疑問の金額であるが、月に8万円というと、当時の大学生でゴルフを……というと、大変な金額ではあった。

ある日。これもほんとに、ある日ふと、お金がかかる「もったいない」と思い出したのである。これだけお金をかけて出ると負け、では一体何のためにやっているのだろうと思い出したのである。何故、こういう気持ちになり出したかは、これもわからない。ただ、これなら“勝たないと何もならない”という気持ちになったのだ。何も実らない。そういう、勝つことに対する意欲が出たのである。これは「ハングリー」というのとは、ちょっとニュアンスが違う。ハングリーとは、勝たないと生活ができないという意味あいのものである。

言ってみれば、自分がゴルフをしている存在価値である。名誉欲も出たのだろう。もっとも、これはエゴの最たるものである。ゴルフとエゴについては、いずれ述べるが。とにかく、意欲が出たのである。そして、私は勝てるようになったのだ。

このふたつの挫折は、内容としては、時代も、考え方も、全く違うのだが、そんな挫折感を抱き、そして何かをつかみまた1歩進んで行ったということは、確かである。

逆に言わせてもらえば、何らかの挫折感というものがなくて、進歩は望めないのではないかと言える。挫折感が出てくるうちは、まだまだ進歩できるということにも置き換えられる。