中部銀次郎

“勝つ”という強い意志

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(1)

ディフェンディング・チャンピオンとして、私は、1963年の日本アマチュア選手権に参加した。決勝には進出できたものの、私は、2回戦で、田中誠氏と対戦し、3エンド2で敗れ去ってしまったのである。周囲の予想に反した敗退であった。そして、まだまだ、精神修養が足りないとも言われたのだった。

確かに、それはあたっていたのだ。私は、勝てるはずがなかったのである。それは、技術のことを語る前に、決まっていたのだった。

今だからこそ、勝てるはずのない戦いだった。と言い切れるのだが、そうなるには、かなり時間を要した。何故、勝てるはずがなかったか。理由は、単純明解であった。ここで、微妙な言葉のやりとりをしなければならない。

誰もが、勝ちたい。と思って試合に挑んでくる。また、勝ちを望まない(ほとんど勝利はあくまで希望的観測であって何位でもいいからただ出てみよう)という人もいるだろう。試合に対する臨戦態勢は、そのひとによって様々である。

だが、ここで“絶対に勝つ”――勝ってみせるときっぱりと言い切って、試合に臨み、しかも“優勝”を見事やってのける人間が、果たしているだろうか。これは“勝ちたい”という気持ちとは全くその内容が違う言葉である。文字で表わせば、その差が、いかほどのものにもならないが、実際、試合に対するものは、かなりの差をもっている。

では、そのとき、私の気持ちはどうだったか。勝つ――であった。その前年にチャンピオンになった私は、誰からも決して“フロック”とは言われたくなかったのである。だからこそ、勝つ。勝つこと以外に、そのフロックを打ち消す材料は、ありえない。そう信じていたのだった。だから大変だ。決して負けられないという気持ちから来るプレッシャーをはねのける術は、私には、全くなかったのだった。

そして、案の定。2回戦で敗れた。

私は、悔し泣きにむせぶことは、なかった。悔しさは、負けた瞬間だけだった。いや、ひょっとするとプレー中だったかも知れない。終わって、私の気持ちは、意外にあっさりとしていたのである。

「こんなものだったのか……」

私の精神修養が足りなかったというマスコミの批評は、ある意味では、あたっていた。だが、その言葉は、前置きがあることを言っておきたい。つまり、勝つ、勝ってみせるという考えが先に立ってプレーをしてしまった。そのこと自体がすでに、いささか思い上がりであったかも知れない。そして、それは決して考えてはならないものだ。それを頭に置いたことが“精神修養”が足りないということだと思う。

私は、決してこんな大それた優勝宣言は、自分の中ですまいと思ったのだった。

(2)

では、いったい試合に臨むにあたって何を考えればいいのだろうか――。

実は、これがいちばん難しい。難しい証拠に、例えば4日間のストローク・プレーのトーナメントで、毎日トップを走る人間が入れ替るし、3日目までトップでいた人が、最終日に急に崩れ落ちて優勝を逸したり、千差万別のパターンがある。

試合前、初日から、自分のポジションを、どこの位置にランクするかを想定して回っても、それは計り知れないものが数多くあって、なかなかつけにくい。

(勝とう。勝つんだと思って試合に臨みそして、しかも優勝したという経験があるかと、プロに聞いてみた。

「そんなこと、一度もあらへん」という杉原輝雄。「できっこない」というベン・クレンショウ。「ミニマムで私は、優勝を狙っている」と言ったJ・ニクラウスでさえ、いつも最後に「アイ・ホープ・ソー」とつけ加える。おそらく、誰に聞いても、経験がないと答えるだろう。

確かに愚問であったかも知れないが、その微妙なニュアンスの違いというのは実は、勝負の世界では大きな問題であり、しかも、どんな世界でも、同じ答えがかえって来るのだった。いずれ、それをこの紙面に紹介したい。

編集部)

――試合に臨むにあたって、勝ちたいと思う気持ちは、誰も一緒なのであるが、技術を磨くことに加えて、なるべく精神的なプレッシャーになる要素を排斥してしまうことである。

だが、私はその一面について伝えることはできるが、これはこうと言い切れる、或いは、こういうパターンがあるということは、絶対に言えない。つまり、言い表わすことが、できないのである。こうして、私の経験を通して書くことにも、おのずから限界というものがあるが、私は、精神面について、できる限り、経験を通して、いろいろな方向から見たゴルフィングについて書いて行きたいと思っている。実は、そういった精神面のことが、技術を、インパクトでは、こうならなくてはいけないとレッスンをするより、実践面で、また、より“ゴルフ”というものを理解するにあたって、重要なポイントになるのだということも、つけ加えておきたい。逆に言えば、技術をレッスンするなどということは、かなり不可能に近いものである。

――その後、1963年の日本アマチュア選手権で敗れてから、私は、試合にのぞむ考え方が変わった。

そして、また数々のトーナメントに優勝することができたし、負けることもあったのだった。

この奇妙な勝負の別れ道。これはいったい何であるかは、わからない。技術が及ばなかったのか。或いは、自分の持ちうる技術が、十分発揮できなかったのか。それとも、精神面での欠けている何かがあったのか、……あるいは……。計り知れないものがあるのだろうか。

仏教の言葉に“妙”というのがある。そして、その妙とは、女性の長い髪に例えられるそうだ。そして、女性が長い髪を櫛でとく。そのときの、とくにとげず、とげずにとくといったありさまのことを妙というらしいが、まさに、ある意味で、勝負の分かれ道というのは、その妙である。そんな気持ちになったのは、もちろん最近のことである。その当時、私はまだまだ追及し、しつくせなくて悩んでいた。