(1)
ある時期、私は面白いほどボールを意のままに放つことができた。自分が設定した、かなり細かな地点に、ボールを運ぶことができたのである。
でも、恐かった。恐くて仕方がなかった。たとえ10発その場所に飛んでも、果たして11発目が、そこへ落ちるという確信が全くないからだ。
ひょっとしたら同じようにいかないかも知れない。そう思いだすと、恐怖に襲われるのである。
完璧という言葉があるのなら、そこへいつかは自分も登りつめてみたい――。
これが人間の欲である。その“完璧”という言葉が、余りにも自分よりも、はるか遠くにあって、会得し難いものだからこそ、尚更、求めたい欲にかられるのである。
私は、求め続けた。どんな犠牲をはらっても求めようとした。努力した。努力を重ねた。
大きな壁にぶちあたっては、何回となくはねかえされた。悲しいかなそれを重ねていくうちに、何回もの挫折感を感じたのである。
そして、自分自身に問うのだった。一体、何のために、どうしてこんなに苦しまなければならないのか。何故。自分を、こなごなに痛めつけるのか。
そんなとき、一体、私を支えてくれたのは、何であったのだろう。それでも私は、うまくなりたい。その欲。私より、もっとより以上に腕を磨き、極めつつある人間が、たくさんいる。だからこそ。それだけではない。やはり、ゴルフにとりつかれてしまった人間だったからだろうか。
挫折感は、長い間、ちょうど波のように何度か私を襲って来た。そのとき、その場面によって、いろいろかたちは違っていたが……。だが、私は決してそれから逃げることを、あえてしなかった。逃げようにも、所詮、逃げおおせるものではないことを、よく知っていたからである。
そして、より技を磨くことを忘れなかった。努力。努力しかないのだ――。
ちょうど、ゴルフを始めて10年が過ぎていた。
私は、この10年間、かなり多くのことを学んで来た。その中で、ひとつ上達に大切なことは“人間だから、必ずミス・ショットが出る”では、このミス・ショットの出る材料を、いかに少なくできるか、ということだった。これが完璧なショットを目指すのに最も大切なことであることは、言うまでもない。そのために、数多くのことをやった。考えて、非常に細部にわたって分析して、その対応策を出して来た。
ティ・グラウンドの状況を完全に読みとれるだけ、読みとるのもそうだ。自分のフォームを、できるだけ欠陥をとり除いたものにすることも、そうだ。
(2)
ショットをするとき、アドレスに入って、テークバック、トップ・オブ・スウィング、そして、インパクト、フォロー、フィニッシュと、その間、いったい何秒間かかるのだろう。
正確に計ったことはないが、ほんの数秒。それも、トップからインパクトまでは、コンマ計算である。
実際、ボールを打つ瞬間のことなど、打つ本人が、人に言葉で伝達できるほど易しい作業ではないのだ。そのときにでも全く事情が違うし、説明しえないほど身体の筋肉の動きは、コンマ秒で、速いのだ。
ただ、私が、言えることは、いくつかある。私が、自分の思い通りに打てた頃に、何を考え、何を頭に入れていたかということは、言える。いつか書いたグリップの話がそうであったし、自分の外からくる状況の把握もそうだ。
そして、アドレスまでの“構え方”その心構えも、最も大切でミスを少なくする材料なのである。
ボールを打つとき、方向性その他に対して、できる限り失敗を少なくするには何が大切であるか。
ひとつは、構えた感じである。次に、スウィングの運動がしっくりできているかどうか。
そして、ボールが、自分の想定したラインにきちんと飛んでいるかどうかということである。ここで断わっておきたいのは、何回打っても、スウィングが同じであると判断されてのことである。
例えば、そのときに、ボールの飛球線がどうしてもクラブ・ヘッドに対して直角に飛んでいかない。90度以内。85度とかの方向に飛んでしまうとする。ボールの位置は、左足かかとの直線上にある。すると、自分は、ちょっとクローズド・スタンスではないかと思ってしまう。スクェアに構えているつもり、或いは構えていても。でも、それは違う。そのときは、ボールを右に少し置いてやればいい。
ここで私が言いたいことは、クラブ・ヘッドとボールの飛球線は、あくまでも直角でなければならないということなのだ。まず、これを頭に置いてもらいたい。直角ならば、極端に、どんなスタンスでも構わない。よく、練習場で見る光景に、クラブを左足に1本そして、両足スタンスに1本置いて、十文字を描くようにして、自分のスタンスなりを確かめて練習する人がいるが、これは大きな間違いである。必要なのは、左足からボールまでの直線に引いたクラブ1本だけなのである。そして、打ってみる。ボールがその線に対して直角に飛んで行っているのなら、全く問題はない。やや、左方向に出るなら、ボールを右に置いてみる。そして打ったボールが、さっき言った3つの条件を満足させていれば、それが、その人のアドレスでのすべての条件を満足させるものなのだ。ボールをやや右に置いて打ってみて、多少の違和感があっても、慣れるべきものなのである。
もうひとつ、すべてを満足させても、やや自分の狙いよりも右に落ちるとする。これは、何か。自分の視線が違っているということである。だから、視線の調整をしなくてはならない。右に落ちるのではなく、それが正しい落下地点なのだから。
これだけ考えても、十分、正確なボールを打てる大きな材料になるはずである。
