中部銀次郎

ベン・ホーガンが与えてくれたもの

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ベン・ホーガンの言う、トップ・オブ・スウィングでの「手首の曲がり《2度》の角度違い」は、私に衝撃を与えたコメントだった。それほど理解しがたいものだったからである。私自身、全く意識したことのないものであり、果たしてそんなに明確に区別できるものなのかと、信じられなかったからである。実際にいい角度と言うのは、自然にできあがってくるもので、それがどうだという確証はないと思うのである。

だから、その記事を読んでも、驚くことはあっても、自分の範ちゅうにないものなので、ただただ感心するばかりで終わっていた。

ホーガンという人間についての知識は本や写真で彼のフォームを見る以外何も知らなかった。彼について、少しずつその輪郭がつかめて来たのは、何年か経ってからだった。ホーガンにまつわるエピソードもたくさん聞いていた。

1960年、私は世界アマチュア選手権に出場した。その帰途、例のオリンピック・カントリークラブに寄ってプレーをした。その18番ホール。

「ここでホーガンは、ティ・ショットをフックして左の深いラフにボールを入れてしまったんだ。ラフはひざぐらいまであった。そこからニブリックでグリーンを狙った」そうである。が、結局、ジャック・フレックに敗れたのである。

左手首の曲がり角度2度、の話を聞いてからだいぶ経っていたが、当初、単なるマスコミ用の“発言”だと思っていた私だが、その真意を受けとめられるようにはなっていた。ホーガンにとって、たった“2度”というごく狭いアローアンスが、実は自分にとってはもの凄く広いアローアンスであったのだ。2度を修正することによってもたらされる結果は、彼の求める“完全主義”を十分満足させるものだったに違いない。私は、この2度の話を聞いて、より完全を追求するという気持ちが、何と素晴らしいことだろうと思ったのである。確かに、私も常にそういった姿勢を崩さなかったつもりである。いつしか、私がプレーする前のチェック・ポイントのひとつに、その一項目を入れていた。もし私が、ホーガンの唱えるスクェア・グリップに振り向きもせず、平均的にフック・グリップで通っていたその当時の日本の風潮のままでいたら、おそらくホーガンの2度の話が、正しいという答えを出さないままでいたかも知れない。10数年経って、スクェア・グリップ、トップ・オブ・スウィングでの2度の違い、その難しさを知ったのである。

すでに、数々のホーガンにまつわるエピソード自体、信じられないほどの厳しいものを感じるものばかりである。

何回打っても同じ地点にボールが落ちないと気が済まない人なのだ。おそらくドライバーでも、ボールが全部直径1メートル以内の中に集まっていなければ気が済まなかったろう。

常にいいショットをして、しかもその「不安」を知っている人間が、一体何人いるだろうか。ホーガンは、そのひとりである。例えば、10発ボールを打つ。10発とも同じ所に落ちた。これでいい。と誰もが満足する。が、ホーガンは違う。「11発目が、それまで通りに落ちる保証は全くない」と考えるのである。20発でも、恐らく同じであろう。21発目に、本当に不安を感じ、恐くなるのだ。そういう人間なのである。私は、そのホーガンの気持ちが、わかり過ぎるほど、わかる。

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しかし、サム・スニードや、アーノルド・パーマーは、全く違った人種のような気がする。パーマーなら、50パーセント、いやそれ以下でも可能性があるとみたら、冒険をする。2番アイアンで200ヤード先のピンをデッドに狙うだろう。スニードは、おそらくトップ・オブ・スウィングで手首の角度など考えたこともないだろう。「私がクラブを振っている。その中にボールがあるから飛んで行くんだ……。フェードを打つときは、フェードを打ちたいと思えばいい」などの言葉にある通りの人間であろう。

ホーガンとは全く違ったタイプである。ゴルフの中に、このふたつの違ったタイプの人間がいて、その両方ともに成功しているのである。最近で言えば、ニクラウスとミラー、或いはフロイドなどが比較されるかも知れない。今年のマスターズで、ニクラウスは、フロイドが出て来たときに「思わぬ敵が出て来た」と言っていたらしいが、違ったタイプの人間が出て来たときには、自分の範ちゅうでは到底考えられない(信じられない)ことをやってのけるかも知れないと言う不安も加わって、余計にプレッシャーもかかり、すでに負けの方向に進んで行くのだろう。

私は、スニードやパーマー、或いはミラーのようなタイプではない。やはり10発まで成功しても、その次の11発目の不安を感じ、それがどんなに恐いものなのかを知っている人間のひとりだと思う。

このふたつのタイプは、どちらにしろゴルフの中に存在するもので、それは甲乙をつけるものでは全くない。もっと元をたどって行けば、その人間の性格から流れて来るものであろう。スニード、パ−マーのようなスーパー・ゴルフ。ホーガン、ニクラウスのようなゴルフ。いずれも素晴らしいものである。

話が、ちょっとそれてしまったが、高校時代にフック・グリップからスクェア・グリップに変えて、そこから先がいったいどうなるか皆目見当がつかなかった状態のまま、数年経ち、まがりなりにもその成果が出始めて来たというのは、非常に運が良かった。そして、常に自分に対して過酷なまでに厳しい態度で接して“2度”の幅の大きさを知らしめたベン・ホーガンという人間がいるということが、私にどれだけのものを与えてくれただろうか。それは、2度を修正することで、スウィングがこうなって、こういうボールが出るといった技術的な解明だけでない、もっと大きなものであったし、数々のエピソードからでもあった。

――その頃、私の高校時代も、すでに終わりを告げようとしていた。そして受験勉強にとりかかったのである。元来、あまり机に向かって勉強するのが好きでない飽きっぽい性格の私だから、希望の慶応大学進学もすんなりと行くわけはなかったのである。案の定、受験は失敗して浪人生活を送ることになった。