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大方の人たちは、グリップで挫折することが多い。勘違いしては困るが、私はホーガンの唱える“スクェア・グリップ”がベストであって、あとのグリップのかたちが全く受け入れるべきものではないなどと言っているのではない。フック・グリップで名手と言われる人もいるし、あらゆるグリップでも、それが、本人が何のためらいも抵抗もなく、最初からそうしている場合は、話が違って来るのである。極端に言えば、例えフック・グリップでも、結果的に、いいショットが出れば、それでいいのかも知れない。
私が、ホーガンの唱える“スクェア・グリップ”になおそうとしたのは、少なくとも、そのグリップが私によりいい結果をもたらすのではないかと、何か感じたからであり、ある“変化”を覚えたからである。理論的に分析してみた場合、スクェアにするということは、十分納得のいくものであった。何か、原点にすぐ戻って来れそうな感じがしたのである。
単に、グリップを変えることで、またそれだけをすることで終わったわけではない。問題は、これからの出発であったのだ。当然、グリップが変化してくればクラブのひき方も多少の変化は出て来るし、そのために、トップ・オブ・スウィングの位置も微妙に変わってくるだろう。
ホーガンの言葉で、これは『モダン・ゴルフ』の中ではないが、トップ・オブ・スウィングでの「手首の角度」が書かれてあった。その角度が2度違うことによってもたらすミス・ショットについてであった。
(編集部注 このいきさつは、そもそも1955年全米オープンのときから始まる。米国サンフランシスコのオリンピック・カントリー・クラブで行なわれた全米オープンで、4日間の競技を終えて、ホーガンは、ジャック・フレックとともに283ストロークで競技をホール・アウトしたのである。そして翌日のプレー・オフで、ホーガンは72、フレックが69のスコアで敗れているのである。
その直後、ホーガンが、「私が今まで語らなかった秘密を公開する」と発表したのだった。つまり、それは、ホーガンのスウィング上のウィーク・ポイントだったのである。全米、いや世界のマスコミは、このホーガンの重大発表に、いったい何であろう。という憶測を飛ばしたものだった。ホーガンは、結局、ライフ誌にその一部始終を語ったのだが、ひと言で言えば「トップ・オブ・スウィングのさい、手首が2度ほど折れ曲がっていた」のがミス・ショットを生じる原因であったと語ったのである。一方では、そんなささいなことだったのかという声も出たのである)
実際、私はその記事を読んだとき、そんな細かいことを……と思った。が、その後、私はその意味が、よくわかるような気がしたのである。確かに、自分ではトップ・オブ・スウィングの際の手首の曲がりなどは、意識にない部分と言っていいだろう。
ただ、ここで言えることは、トップ・オブ・スウィングで、いかにスムーズにおさまっているかどうかという問題である。またここで、アップライトかフラットかということを、繰り返す気はないが、要は、自分自身のスウィングでぴたりとおさまるトップ・オブ・スウィングの位置というのは、ひとつしかないということである。それは、当然、アドレスでの構え方、グリップ、テークバックとすべてに関連するのだが、そのひとつしかない位置を探し出すのが大変なのだ。
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だから、その人によって、それがややフラット気味でも、アップライト気味でも関係のないことで、どっちがいいということは全く言えないのである。その人にとって結果的にどうだったか、ということがより重要になって来るのだと思う。
ここでもうひとつ問題になって来るのは、実際のものと、自分の感覚とのくい違いである。これは私もしょっちゅう経験することだし、おそらく誰もが悩まされ(惑わされ)ることだと思う。他人に指摘されても、自分ではそうしているのに……と思いたくなる。だが事実は違う。そうなると自分の感覚を変更させなくてはならない。これは意識してそうするわけだが、これがまた難しい。
当時、私のフォームは言わば流動期にあったのだ。そのためにあれこれとスウィングをいじくり回していたのだが、トップ・オブ・スウィングでの“おさまり”もそうである。一定していなかったのである。多少なりともホーガンの分解写真を見て、それを頭の中に残像としておいて、あるいは『モダン・ゴルフ』を見て、そして手首の角度の記事を読んで、私のスウィングづくりに役立たせる大きな一因となったことは、確かである。
その頃まで、いわゆる試合らしい試合には出ていなかった。優勝カップはいくつかあった。だが、そういった優勝カップの思い出よりも、技術のひとつの大きなポイントとなった時間として、ホーガンにしろ、サム・スニードにしろ、そういった名手たちのフォームの分解写真がどんなに、私を助けまた苦しめたことだろうか。
自分のスウィングというものは、自分が、ここがどう、そしてあそこがどうといった意識をもってスウィングしている間は、まだ本物になっていないような気がする。
そういったことを考えずに、つまり自分の意識からはずれて、それができるようになってこそ“完成期”に近づいたと言えるのではないだろうか。ちょうど、そんなスウィングの枠づくり、つまり輪郭ができあがって来たのが、この頃、高校の終わりごろだった。そして、その中で練習を何回も重ねることによって、より充実化することが出来たのが、大学時代ゴルフ部に籍を置いていた頃だった。
総じて私が知らされたことは、いかにきちんとした基本をマスターし得ているかどうかということである。なまじ私のように親父からの曲解された理論から入って行くと、先入観ばかり大きくて、それを修正するのにどんなに苦労することだろうか。
ベン・ホーガンという巨大な先達のお蔭で、少なくとも私はもっと凝り固まってからの修正を免れたことを喜ぶべきだと思っている。
