(1)
一度自分の体で覚えてしまったものを、新たに直すという作業ほど苦しく、ついつい欲求不満になって、修正することの難しさを知らされるものはない。
まっ白い生地についたシミを丹念に漂白してそしてまた新しい色づけをするのと同じである。
そんな苦痛にも似た作業をすることになったのも1冊の本のお蔭である。ちょうどその頃、ベン・ホーガンの『モダン・ゴルフ』という記事が日本に紹介されて一大センセーショナルを巻き起こしたのだったが、私にとってもまさに、それであった。『モダン・ゴルフ』が1冊の単行本になる前、ゴルフ雑誌で特集としてその翻訳記事が載っていた。昭和31年から33年頃出なかったかと思う。
私が、実際ベン・ホーガンのスウィングを写真で見たのは、その記事より前ではなかったかと思うが、確かスウィングの分解写真が大きく載っていて、その下にちょっとした解説記事があった本だったと記憶している。
その写真で、まず目についたのは、ホーガンのグリップ部分だった。全体を見て、そのグリップが、いかにも、ごく自然に構えられてあり「こうもフィットするものなのか」と驚きを混じえて見ていた。すぐさま、私は、バッグの中から1本のクラブを取り出して“真似”てみることにした。が、わからない。
ただ、その当時私のグリップは、今で言うフック・グリップのように、左手甲が飛球方向に向かっていずに、左手甲を上に向けてのグリップで打っていたのである。ホーガンは違って、現在では当り前のようにされているスクェアに構えてあって、当然、左手甲は飛球方向に向かっているものである。これで、私が感じたのは、要するに空手チョップのように左手を使って打って行く私のグリップはホーガンのそれと比べると、自然体にかなっていないような感じを受けたのであった。つまり、ホーガンのグリップ、そこから広がって行く構えは、実に自然体そのものであると感じたのだった。
だからと言って、今、私の従来のグリップをホーガンのものに直せば良くなるという確証もなければ、必ず好結果が生まれるという確信もなかった。
(編集部注 実際、ベン・ホーガンの理論は、米国でも“革命的”なものとされていて、中には反発するものさえ出たと言われている。日本で、この理論が出たときも同じ状況であった。そして、完全に、その理論がダメという人も少なくなかったと言うことである)
私の頭の中に、そんな疑問点をたくさん残しながらも「ひとつトライしてみよう」と思ったのは「今よりは少なくとも良くなるはずだ」と思い込んでいたからである。その疑惑の中でのほんのかすかな期待というのは、それが、実に“自然”であったからかも知れない。
一大決心をして、修正にスタートしたのだった。そのつまずきは、早くも家で分解写真を見ながら“真似”てみたときからはじまったのである。
構えて、まず打てない、と思ったのである。考えてみても今まで極端に悪いフック・グリップではなかったのだが、そのちょっとした変化でも、今までのものとの“違和感”が私の身体に与えるもののアローアンスは、もの凄く大きなものだったのである。
(2)
しばらくして『モダン・ゴルフ』が雑誌に載り、本になったのだが、私はそこに書かれてある文章は、全くといっていいほど読まなかった。それは、文章で読んで、ピンと来るものでなく、自分の目で見たほうがより直接的に頭の中に入って来るものと思ったからであろう。
イラストだけ見ていた。
――ホーガンのグリップを“真似て”打ったのは、その分解写真を見た翌日だった。そのグリップでアドレスしてみた。そのとたんに、ボールが右に飛ぶような感じだった。打つと、やはりそうであった。それが昂じるとソケットに当たってボールがシャンクしてしまう。クラブが手から離れて飛んでいってしまいそうなときもあった。
グリップひとつでスウィングが変わる、と言うよりもグリップがスウィングをつくるといった方がいい。ほんとに素晴らしいグリップをもっている人というのは、かなり少ない。名手と言われる人がグリップにしつこくこだわるというのはグリップが“スウィングの心臓である”とホーガンが言う通り、この心臓部がしっかりしていなければ何も働かないということである。それをいくらかたちだけ真似てもすぐさま働くわけはない。
それまで、私のグリップは、少なくとも私自身にはすでに7年近い歳月を経て来ているので、クラブと手は良し悪しは別としてフィットしていたのである。そして新たに直すというのは、クセのついたものをいったん白にして、最終的にはフィットさせなくてはならないのだから、時間は余計かかるし、スウィングの各部分にも当然無理がくるのは当然のことであった。そのために、私自身のスウィングも少しずつ変えざるを得なくなったのは当然の結果であった。ソケットに当たってシャンクになる。それは膝に余裕がないからだろうし、インパクトでクラブが立つのもスウィング・プレーンの問題に及んで来る。そうなると、トップ・オブ・スウィングの位置にも関係してくるわけだ。トップ・オブ・スウィングでの「おさまり」も問題だ。
あえて、わずかグリップという一部分だけの修正が、こんなにまでスウィング全体の改革になろうとは、予期していたこととはいえ、大作業になってしまったという気持ちでいっぱいだったのであった。一時は「もうわからない」とサジを投げかけたこともあった。元のグリップに戻したこともあった。真似が、ホンモノになって、自分のものになるまでに、いろいろな欲求不満もつのった。
いったい頼みは何であったのか。
「少なくとも今よりは……」であり、そして「うまくなりたい」という気持ちだったのだろうか。
1年が経ち、2年が過ぎて、何とかぎこちなさが消えて、3年が終わろうとしたときにやっとモノにできたのだった。そして、もうひとつの言葉が私を助けてくれたのだった。
