(1)
技術を教えるレッスン・コーチとしての父・利三郎は、決して有能な先生とは言えなかった。
しかし、父から教わったものは、もの凄く多かった。それは、ゴルフ・プレー以前のものからである。極端に言えば、ゴルフを通して以外父から教わったものはほとんどなかったかも知れない。
何を教わったか。教わったというより自然に肌に伝わって来たと言ったほうが本当だろう。そして、随分叱られた。
それは“ゴルフィング”ということである。私は、その言葉が実に好きだが、ただ「強ければいい」という結果論的なことだけを専念してゴルフはするな、ということであった。ルール、マナー、態度をすべてふまえた上でのものではなくてはいけないということなのだが、ともするとそれが論語読みの……になってしまいがちなのである。もっと違って、その人のプレー態度、いや、たったひとつのショットを見ただけで、あふれ出て来なくてはいけないそれなのである。
現在、私は大変悲しく寂しい場面によくぶつかる。私がそう思うのは親父のためでもあり、少なくともその当時の環境が良し悪しに全く関係なく、そうつくられていたもので、その中で私が育って来たから余計そう思うのかも知れない。
それは大変厳しいものだった。
ティ・グラウンドの横に腰を下ろした。胸のボタンをひとつ外した。ズボンの折りめが入っていない。ルールに無頓着。全体のマナーが良くない。――これらすべて「もうゴルフをする資格がない」ものとされるのだった。父は、非常に厳しく私にしつけた。ちょっとでもルーズになると父は徹底的に私を叱った。
それがゴルフだった。その中で上手になること。当り前のことだと思っていたので私の抵抗はなかった。ルールではなおさらその厳しさは増した。
……らしき行為というのは、すべて見逃がされることはなかったし、らしき行為をすること自体、許されないものだった。ルールはあくまでも救済のためである。例えば、ラフに入ったボールを打つ場合いまはどうだろう。2回ほど素振りをして、アドレスに入って打つ。当然だ。だがその素振りのしかたが問題だ。いまなら、何の疑いもなくその飛球方向、それもボールの近くで素振りする。が、当時それをしたら「あれ、いまの空振り?」それで終わりである。1ストロークだ。「いや、素振りです」という返答は出来なかった。……らしき行為なのだ。
空振りだけならいい、ともするとライの改善が加わってペナルティになる。
相手の言い分(もっともそんな説明はしないが)は、こうなのだ。
ボールがラフに入っている。同伴競技者からそのボールが見えない。が、そこで“らしき行為”をしたら、アピールできる。そして相手は認めざるをえない。それがいやだったら“らしき行為”はいっさいするな。ということだ。だから、素振りにしても全く関係のない場所で違った方向を向いてする。
アマチュアは、うまいへた、は次のものだと思う。まず本当の自分が何であるのか、ルールがあれば、その守るべきものを守って、その中で名誉を勝ちとる。これがアマチュアではないだろうか。
(2)
親父は、その上で厳しかった。
小学生の私は、スコアが悪かったり、ミス・ショットをすると、すぐにその怒りが表面に出る。
「お前は、すぐ悪いとブスッとする」
と叱られた。叱られることが多かった。ミスすればすぐにかんしゃくを起こす。クラブを放り投げたこともあった。さすがの親父も「もうゴルフを止めて家へ帰れ」とどなりつけた。
そんな日々を送ったお陰で、私は公式競技に出はじめてから、その面では誰にも負けることはなかった。純粋にゴルフを考えて、ゴルフ、ゴルフィングというものが何であるか。そしてアマチュアということが何を意味するものなのか。ということを。
厳しい環境のもとで学んだものは、それが違和感なく、当然のものとして受けとめられた。そして、そのことが、いまでも、例えば“セルフ・コントロール”に大変役立っているし、ルールにしても……らしき行為をすることもない。いま私がプレーをしていると、また、プレーを見ると恐いほど“らしき行為”が多いのは非常に残念でならない。スコアさえ良ければいい。結果のスコアが、最優先される。これでは、ゴルフの楽しさも、いや、ゴルフではなくなってしまうような気がしてならない。
ゴルフとは、スコアを云々することだけではないのだ。すべてマスターした上で、アマチュア・ゴルファーと呼ばれるものになるのではないだろうか。
私のゴルフが上達したのは、単に技術だけの向上でもなかった。特に、当時はマッチ・プレーが主流で、その勝負のかけひきを覚えることで“ゴルフィング”の向上に役立った。
――さて、ハンディキャップ20からの脱出で、私はいろいろなトレーニングも試みたし、私の意識とは関係なく強いられたこともあった。
ひとつはゴルフの本を読みあさった。サム・スニード、ケン・ベンチュリ―、ジャック・バーグ・ジュニア。彼ら名手のスウィングを眼光紙背に徹するかのように毎日眺めた。勿論、その頃の私に真似できるなんて思ってもいなかった。スニードを見ては「美しいな」と思っていたのである。ただ頭の中には焼きついていた。
そんな「うまくなりたい」という気持ちだけでゴルフをしていた私に、小学校5、6年頃、マスコミが「小学生がゴルフを、しかもハンディ20」などと取り上げはじめて騒がしくなったのである。やはり当時としては、小学生がゴルフをするというのは考えられなかったことらしい。私が、かっこうの“エジキ”?になったのかも知れない。
しかし、その取り上げ方が(私の考え過ぎかも知れないが)ちょっと素直でなかったように思う。
年が経つにつれて、それが私とマスコミの戦いになって行ったのである。が、それは同時に、私をより発奮させ、優勝の数を増やしてくれたとも言える。
