ゴルフクラシック INSIDEOUT 2001年02月号

タイガー・ウッズが、史上5人目のグランドスラムを達成して、年間3つのメジャータイトルも獲得という快挙が際立った2000年。その陰で、20世紀最大最強のジャック・ニクラウスが、マスターズを除くメジャー競技からの引退というシーンがあった。世界のメジャーで、いつも思うことだが、トーナメントをひとつのイベントとして盛り上げていくうまさには、いつも驚かされる。確かに、登場人物(選手たち)の個性や能力もすごいのだけれど、ゴルフトーナメントが、あれほど盛り上がりを見せるのは、ひとつには舞台であるコースそのものと、コース設定だろう。

「日本ツアーでも、99年日本オープンの小樽カントリー倶楽部のようなコースで毎週やれば、選手たちが飛ぶドライバーにこだわりすぎるということはなくなると思う」と、ある選手がいった。飛距離優先で、日本のコースは、多少のボールのブレでも許容してくれるところが目立つ。だから、小樽のようなコースデザインと設定が毎週続けば、もっと技術レベルも、使用するクラブの機能も変わってくるというのだ。

日本ツアーは、久しぶりに20代の賞金王を生んだ。片山晋呉である。73年には尾崎将司が、26歳で賞金王になった。そして82年には、中嶋常幸が28歳でなった。およそ30年近くの間で、20代賞金王は、3人目である。

それも土壇場の1か月の間に優勝3回で8800万円を稼ぎ出しての逆転賞金王である。2位となった谷口徹は、賞金王という座を捨てて? 実は、土壇場で米ツアーの最終予選会に出場した。まさか抜かれるとは、という気があったのか、あるいは、目標は日本の賞金王でなく米ツアーで戦うことという考えだったのか。たぶん、両方だったと思うのだが、それにしても、日本ツアーの賞金王の価値というのが、いまや薄れているといえるのかもしれない。

そういえば、かつてジャンボがおもしろいことをいっていた。

「われわれの時代は、日本一になりたい、日本一になりたいって野球をやって、甲子園を目指した。そしてプロ野球という目標だった。でも、野茂(英雄)やイチローたちの時代は、リトルリーグのころからメジャーで戦いたいという目標をもっている。これは大きな違いだよ」

片山晋呉は、73年生まれ。ウッズよりも2歳年上である。ちょうど日本でマスターズが衛星中継され、続いて全英オープン、全米オープンと次々に衛星中継が始まったころである。尾崎がマスターズで活躍し、青木功が全米オープンでニクラウスと死闘を演じ、中嶋も米ツアーで活躍した時代にジュニアから育っている。そういうふうに考えると、ようやく日本もゴルフ鎖国時代からの脱皮が始まったといえる。むしろ、これからその姿勢が、どう持続していくかが21世紀の日本のゴルフ界を左右する。
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