ゴルフクラシック INSIDEOUT 2000年12月号

日本のゴルフ史が、何をもって出発点とするかの論議は、いまでもある。日本に初めてゴルフコースができたのが1901年で、場所は兵庫の六甲山上だった。その夏4ホールが完成したのである。これをスタートラインとすれば、来年は日本ゴルフ史の100年を迎える。ところが、1903年に神戸ゴルフ倶楽部の開場式がその六甲コースで行なわれ、それを出発点という見方も一方ではある。けれども、日本ゴルフ協会は、1901年の六甲コースが誕生したことを起点に、来年日本ゴルフ100年祭を実施しようとしている。その論議はともかく、すでに100年という歴史が日本のゴルフ界にある。

いつも思うことだけれど、この100年という歴史は、米国とわずか13年しか違わない。米国に初めてゴルフコースが生まれたのは1888年。ニューヨーク、ハドソンにできたセントアンドリュースである。最初は牧草地で3ホール。後にすぐ6ホールになった。

思えば日本とわずかに13年しか違わないゴルフの歴史が、いまどうしてこれほど格差が生まれてしまったのだろうと、あらためて思う。もちろん、その間に戦争もあり、国自体の背景の違いもある。でも、いま日本のゴルフは、さまざまな面で岐路に立たされている。ひとつはゴルフ場問題である。

どうも日本のゴルフは、その時代の経済の浮き沈みなどに、いつも振り回されている気がしてならない。

かつては、ゴルフは特権階級の遊びといわれた時代があった。それが60年代から徐々に大衆化してきたと歴史的にはいわれている。

でも、と思う。大衆化といえば聞こえはいいが、実は社用の接待ゴルフが支えていたのではないかと思う。バブル期に代表されるように、ゴルフ場は華美で豪華で、しかも高額の会員権の時代があった。これは接待ゴルフの象徴だったと思う。景気が悪くなってゴルフ場にプレッシャーを与えたのは、接待ゴルフの自粛だったのかもしれない。

このところ、"スリーピング会員"といって、「会員権は持っているけれど、年に1度もプレーしない。めったに行かない」というメンバーを対象に、会員権のリースがはやり始めた。年間に、その使わない会員権をリースして、何がしかのリース料を得る。そして年会費も、そのリースしたゴルファーが支払うというシステムである。

クラブライフ、ということばは、これまでの日本のゴルフコースでも死語に近かったが、このリースが流行すると、もはやメンバーとは何ぞやという根本的な問題にまで発展するシステムである。

日本ゴルフ100年……いまや日本ゴルフ協会が提案する100年祭も悲しい響きを感じるし、この先日本のゴルフは、どこへ向かってしまうのだろうと不安ばかりが残るのである。
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